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【地上最強】三協映画の功罪【最強最後】

1 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/14(木) 00:55:10 ID:E+fhFtJ/
1976.04.03 愛のなぎさ  
1976.05.22 地上最強のカラテ  
1976.12.18 地上最強の空手 PART2  
1977.05.21 雨のめぐり逢い  
1977.05.21 悲愁物語  
1977.09.17 世紀の真剣勝負 史上最強の空手 結集編  
1977.12.01 新巨人の星  
1978.02.25 マッハ’78  
1978.03.04 カラテ大戦争  
1978.11.03 格闘技世界一 四角いジャングル  
1979.04.07 激突!格闘技 四角いジャングル
1980.01.19 最強最後のカラテ  
1980.03.08 あしたのジョー  
1980.12.06 格闘技オリンピック  
1981.06.13 リトルチャンピオン  
1981.07.18 あしたのジョー2   
1982.08.21 巨人の星  
1983.06.18 もどり川  

梶原一騎先生の狂気の時代を語って下さい。


2 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/14(木) 00:57:09 ID:E+fhFtJ/
「恋人岬」と「13階段のマキ」が抜けてました。

3 :恋の家畜:2005/07/21(木) 00:37:16 ID:FBXaenb9
白冰冰(パイピンピン)。

4 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/21(木) 00:47:25 ID:ENUc+Owk
カンフーエレジー

5 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/21(木) 01:03:34 ID:PqixKsJK
1の作品リストを見ると、三協映画の存在は、超人的な濫作で才能が枯渇しかけてきていた
天才作家を「映画プロデューサーの醍醐味」という幻想で食い物にしていった感じだな。
しゃぶれなくなった時点で「酒乱による暴行事件による失脚」という構図は、あまりにも
エゲツナイ連中が暗躍する魑魅魍魎の世界が感じられてならない。
梶原一騎先生を追放した時点で、少年マガジンは急速に作品のレヴェルが低下していった。

6 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/21(木) 01:04:53 ID:kF1f4Zw7
考えすぎ。
ショーケンと同じで度が過ぎるから、誰かがお灸据えただけの話。

7 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/21(木) 01:40:45 ID:ENUc+Owk
2005年の格闘技界は、間違いなく25年前に梶原先生が思い描いていたようになっている。
映画界はどうなのか?

8 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/21(木) 02:17:36 ID:gcIbG5tO
この話題は辞めてくれ。一体何人死んだと思ってるんだ。

9 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 00:24:12 ID:WD1jOqFP
「悲愁物語」で江波杏子が演じる人物は「ツインピークス」の登場人物のようだ。

10 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 00:52:36 ID:g1mpLmEQ
>>5
元々、「愛のなぎさ」の製作の川野泰彦に「制作費が足りない。助けてくれ」と
頼まれたのが事の発端。その後に撮影した「地上最強のカラテ」がヒットしたので
「映画は儲かるぞ」と勘違いしたのが運の尽き。
現在、観るに値する劇映画は「雨のめぐり逢い」「悲愁物語」「もどり川」
ぐらいしかない。さしもの梶原にも映画プロデューサーとしての能力は全くなかった。

恐らくは川野に騙されたのではないか? 梶原も芸能界に本格進出できたので
舞い上がっていた。梶原は、女性コンプレックスやエリート・コンプレックスが
恐ろしく強い人間だった。(梶原世界においては、女性は聖女にして娼婦でなければならない。純愛にして
極めて男性原理的に都合がいい世界観となっている。また階層史観としても、世間には所詮は
エリートとその他がいるに過ぎない、この図式的な真実を臆面もなく描ききる)

しかも梶原本人は努力して成功者となったのでカネは充分に持っている。自分好みの
女性が得られ、また名誉欲・事業欲も満足させられる、芸能界・映画界と
いう怪しげな世界に魅入られるに足る素地は最初からあった。

11 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 01:02:59 ID:g1mpLmEQ
それと確か、「三協」とは、梶原・川野・藤岡豊(東京ムービー)の三人で
協力する、という意だったと思う。
川野は元々は日活にいた人だったようなので、彼が清順を連れてきたのか?

映画は意味不明な代物となりコケたが、映画界・批評家からは清順の復帰作として
高く評価された。高い道楽だったが名誉に弱い梶原としては満足したことだろう。

12 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 03:08:08 ID:YsH8/+Aq
「愛と誠」って三協だとばかり思ってたけど違うのか。

13 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 04:07:05 ID:g1mpLmEQ
>>12
TVドラマデータベースで検索してみたんだが、既にTV版の「愛と誠」から
川野・藤岡、空手映画の監督の後藤秀司との縁は始まっている。

74〜75「純愛山河 愛と誠」東京12チャンネル(現・テレ東)
 監督・中西源四郎、後藤秀司 プロデューサー・川野泰彦、寺尾征夫 
 企画・藤岡豊、山本又一郎 出演・池上季実子、夏夕介、戸川京子

これはTV映画だが、この頃から映画界への接点はあったわけですね。
池上季実子とは・・・だったみたいだし。
劇場版は松竹配給で「愛と誠」(松竹=芸映プロ 74)「続・愛と誠」(松竹 75)
「愛と誠 完結篇」(76)のみ三協映画作品となっている。
言わずもがなだが、「早乙女愛」役で早乙女愛をデビューさせたのも梶原。

14 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 08:08:12 ID:1At/WNvq
>>11
梶原は、清順起用は業界内での「挨拶」として非常に効果が高かった、と。

15 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 08:10:13 ID:1At/WNvq
>>13
> 池上季実子とは・・・だったみたいだし。

池上季実子は名門の娘だから、
これまた業界との関係を考えてプロダクション入りを。
男と女の関係になったのはずっと後。

16 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 10:27:47 ID:WD1jOqFP
映画「愛と誠」第一作で早乙女愛役オーディションの審査委員をやったことが、
後の先生の方向性を決定づけてたといっても過言ではない。

自分の劇画のキャラの名前を女優の芸名にするというのも梶原スタイル。


17 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/22(金) 10:43:22 ID:HIxkruom
後藤秀司って監督は90年代以降はエロVシネばっか撮ってるな。
哀れな末路。もういい年だろうに。
「二宮金次郎物語 愛と情熱のかぎり」ってのも撮ってるがw


18 :大山倍達:2005/07/22(金) 23:54:40 ID:INdCmFFO
>>11
三協の三人のうちの一人は私たよ

19 :この子の名無しのお祝いに:2005/07/23(土) 00:09:51 ID:NnjisTDL
総裁は少なくとも、残りの二人は自分と真樹先生だと思っていただろう。

20 :この子の名無しのお祝いに:2005/10/17(月) 23:41:34 ID:m8roOy9J
ゆうやけを見ていた男

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